DAY6:1980年6月13日(土)

~ようやく奥羽山脈、脱出~

奥羽山脈の峠道で何時から何時まで休息(睡眠?)したかは、定かではありませんが、日付が変わっていたのは間違いありません。
気が付いた時には、あたりは明るくなっていたからです。

「T君、大丈夫か?」

と声をかけたところ、T君は

「だいぶいい」

と言ってくれました。

「もうちょっとで山形県に入るからな」

と根拠のないことを言って、安心させました。


それからしばらく運転すると、本当に山形盆地の開けた平地に出ました。

朝飯をどこで何を食べたかなどは全く記憶にありません。
今のように、コンビニのような便利なお店があるわけではないので、どこかの商店でパンでも買って食べたのだろうと思います。

山形盆地に入ると、新潟方面を指し示す道路標識が何か所か出てきたので、安心して運転することができました。

標識通りに新潟に向かったので、おそらく「米坂線」沿いの国道113号線で帰ったのだと思います。

写真を撮る余裕も出てきたようです。

Y君が

みやたの車と同じ色の橋だぞ。写真撮ろうぜ!」

と言ってくれたのを覚えています。

この旅とは関係ありませんが、ぼくの車はもともと、こげ茶色でした。
何か若者らしくないので、友だち数人で苦労して真っ赤に塗ったのです。
そう!素人仕事で全塗装したのです。

そんな、経緯をY君は知っていたので、赤い橋を見て、記念撮影を提案してくれたのです。

よく見ると、T君も若干の笑顔で応じてくれています。

~無事到着!~

ここまで来れば、新潟まであと少しです。

無事に新潟に到着!

旅の終わりに、旅を共にした3人と愛車で記念撮影です。

当時ぼくが住んでいたボロアパートの前です。

T君の熱も下がり、元気を取り戻してくれたのが、何よりです。

寝坊や泥酔、T君の発熱などいろいろハプニングがありましたが、旅に出た満足感と自由を満喫した解放感、とりあえず無事に帰ってきた達成感、親しい友との友情と信頼感、、、。

全てが生涯忘れることのできない宝物となりました。

~次回予告~

次回からは、ふらブラ旅のルーツとなった1982年の四国旅をご紹介します。
どうぞ、お付き合いください。

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