1982年3月
~スキーツアーが次の旅のきっかけに~
大学3年の春休みでした。
ゼミの仲間で蔵王に2泊3日でスキーツアーに行くことになっていました。
ぼくとY君(そうです。東北北海道野宿旅で登場したあのY君です)は、バイトの日程調整がつかず、一日遅れで合流することになっていました。
ぼくのアパートには、O君が遊びに来ていました。
O君は、当時、神奈川の大学に通っていた、ぼくの幼稚園のころからの大親友です。
1日遅れならゼミに関係ないO君もスキーツアーに参加しても問題ないだろうということで、3人で蔵王に向かいました。

~凍結坂道でのジャッキアップ事件~
Y君とO君は、初対面ではありませんでしたが、旅に出かけるというような仲ではありませんでした。
しかし、運命とは面白いもので、往復の車の中で、すっかり意気投合してしまったのです。
その一つのきっかけが、坂道でのジャッキアップ事件です。
3月中旬とはいえ、蔵王は真冬です。
突然、ぼくの車が、凍結した坂道を登れなくなってしまったのです。
タイヤが空回りして、にっちもさっちも行きません。
当時スパイクタイヤが禁止になったころで、性能のいい冬用スタッドレスタイヤはものすごく高かったのです。
ぼくの車はスパイクタイヤからスパイクを抜いた中古品のタイヤをはいていたので、登れなかったのだと思います。
そんな時のためにチェーンを携行していました。
そうです。
当時の雪国のほとんどの車は、金属のチェーンを車内に積んでいたし、雪上ではチェーンを巻くことが、いたって普通の時代でした。
「よし!チェーンを巻こう」
と3人は、車外に出ました。
3人ともチェーンを巻くこと自体は、慣れていたので、何の抵抗もありませんでした。
しかし、凍結した坂道の恐ろしさを知らなかったのです。
ぼくは、ジャッキ(L字の長い鉄の棒を手で回して、車体とタイヤを持ち上げるための道具)を車体の下に噛ませてL字棒を回し始めたのです。
8割がた回したところでした。
突然、車が斜めに傾き、坂道を滑り落ち始めたのです。
あせった3人は、必死で車を押し返そうとしましたが、道路が凍結していたため、足元が滑り、力が入りません。
下手をすると車の下敷きも覚悟しました。
その時、運よくジャッキが車の底の鉄の部分に引っかかってくれて、車の横滑りは止まりました。
その後は、ジャッキをゆっくりと抜き、車をUターンさせ、避難待避所で安全にチェーンを取り付けました。
~意気投合した3人で四国旅の約束~
そんな事件があると、なぜか人間関係がよくなるものですね。
「車が滑り落ちてきた時はびっくりしたな。止めようと思っても足が滑って止めようもなかったもんな」
などと笑いあっていました。
スキーツアーの帰り道には、東北北海道の野宿旅の話で盛り上がり、すっかり意気投合してしまいました。そして、O君も
「おれもそんな旅がしたい」という気持ちになっていました。
そして、この春休みに、3人で野宿旅に出ようという話になりました。
今回は、南に行こうということで「四国一周」とだけ決めました。
ぼくは、3月中頃まで週5日の家庭教師をしていました。
1年半くらい同じ子の家を毎日のように往復していました。
だから、あの東北北海道の旅以来、長々と旅に出ることはできなかったのです。
この3月に、その子がめでたく、高校に合格したので、ぼくは、晴れてお役御免となったのです。
久々の長旅に胸が躍ります。