シリーズ16のスタートです
トルコ・イスタンブルからチェコ・プラハまでの旅から、とりあえず無事に帰ってきました。
約1か月の旅でした。
数々のトラブルに巻き込まれながらも、何とか無事に帰って来ました。
出発前には、ブログの「速報版」を毎日更新するという約束をしていたにもかかわらず、約束が果たせず、心苦しく感じています。
理由は、いくつかありますが、「ブログに対する知識不足!」の一言です。
海外でも日本と同じように更新ができるものと疑いもしなかった自分に呆れています。
そのへんのことも、このブログで紹介していこうと思います。
今日から、ブログを再開させていただきます。
再びのお付き合い、よろしくお願いします。
ちなみに、シリーズ16は、かなり長くなると思うので、
・シリーズ16の1<トルコ・イスタンブル>
・シリーズ16の2<ブルガリア・ソフィア>
・シリーズ16の3<セルビア・ベオグラード>
・シリーズ16の4<クロアチア・ザグレブ>
・シリーズ16の5<ハンガリー・ブダペスト>
・シリーズ16の6<スロバキア・ブラチスラバ オーストリア・ウィーン>
・シリーズ16の7<チェコ・プラハ>
というふうに枝番を付けて、分類したいと思います。
それでは、実際の旅行記をお楽しみください。
シリーズ16の1<トルコ・イスタンブル>




DAY1・2(2023年7月27日・28日)その1:イスタンブル到着
~なんと、降りた空港が違う?!~
ぼくは、イスタンブルは2度目です。
5年前に一人で1週間ほど滞在しました。
その様子は、このブログのシリーズ1で紹介しているので、お読みいただいた方もいると思います。
何を言いたいかと言うと、2度目の訪問なので、他の都市よりも土地勘があり、少しは、自信を持って行動できるということが言いたかったのです。
その過信や思いこみが、とんでもないことになるとも知らずに、、、
ぼくたちは、成田空港からシンガポール経由で、イスタンブルの空港に降り立ちました。
ぼくは、何の疑いもなく、「アタチュルク空港」に降りたと思っていました。

イスタンブルの空港に着いたので、「イスタンブル空港」という表記にも、全く違和感は持ちませんでした。

イスタンブルといえば、「アタチュルク空港」しか知らないし、イスタンブルの国際空港といえば、「アタチュルク空港」しかないと思いこんでいました。
ところが、、、
アタチュルク空港からは、地下鉄(M1)に乗り、トラム(T1)に乗り換えれば、すぐにホテルに着くはずです。
空港から降りた時の景色の違いや、空港から地下鉄までのアクセスの違和感など、今、考えるとおかしいと思いましたが、思いこみとは恐ろしいもので、この5年間で、変わったのだと思ってしまったのです。
違和感が決定的になったのは、空港から乗った地下鉄です。
通り過ぎる駅名が全く見たことも聞いたこともないのです。
ぼくの旅のバイブル「地球の歩き方」で調べても、表記と全く違う駅名が次から次へと表れるではありませんか。
同じ車両に乗っていたトルコ人に地図を見せ「今どこにいるの?」と聞くと、地図の上の方を指さすではありませんか。

どうやら、ぼくたちの乗った飛行機は、地図の上方にある赤印の「イスタンブル空港」に着いたようです。
この「地球の歩き方」では、まだ建設中の空港です。
もちろん、その空港に接続している地下鉄も建設中の表記です。
ぼくは、地図左下の青色印「アタチュルク空港」に降りるという前提で、ホテルを選びました。(緑色印がホテルです)
空港からの行きやすさ、観光地までの近さ、長距離バスステーションまでのアクセスなどを熟慮して選んだつもりです。
「イスタンブル空港」に降りることは全く考えていなかった(存在そのものを考えていなかった)ので、「イスタンブル空港」からホテルまでの道のりは想像以上に過酷なものでした。
32℃の炎天下、地下鉄やトラムを何度も乗り換えました。
(記憶は、定かではありませんが、5回は、乗り換えたと思います)
日本のようにどこにでもエレベータやエスカレーターがあるわけではありません。
むしろ、そんな、便利なものがある駅は少ないです。
だから、乗換の度に、重い荷物を上げたり下ろしたり、、
「50肩」(発症したのは60代になってからですが、、)による右肩痛!

さらに、こんな時は追い打ちがかかるものです。
スーツケースのキャスターが、いつの間にか壊れてしまいました。
経年劣化はもちろんですが、ガタガタ道を乱暴に扱ったせいだと思います。
ホテルを探し当てた時には、定年おやじ2人は、全身、汗びっしょりでした。
熱中症1歩手前と言っても大袈裟ではなかったと思います。
ぼくたちのこの旅の口癖は、
「旅はスポーツだ」になりました。
とにかく、過酷な肉体労働の末、ようやくホテルに到着しました。
~相棒Sくんのスマホ故障!~
トラブル続きの旅の始まり、2つ目の紹介です。
旅の相棒Sくんのスマホの故障です。
初日、成田空港から飛び立ち、シンガポールのチャンギ空港でのトランジットの時でした。
Sくんは、スマホの充電をしようしました。
携帯型バッテリーとスマホをケーブルで繋いだ瞬間、スマホの画面が真っ暗になりました。
その結果、どこを押しても、どこを触っても、何をしても「ウンともスンとも」いわない状態になってしまいました。
ぼくも隣にいて、その瞬間を見ていましたが、操作に何の間違いも不備もありませんでした。
トルコに着く前です。
旅が始まる前です。
くわえて、Sくんは、この旅のためにスマホを買い替えてまだ1か月です。
このまま、故障、修理不能になったら、あまりにも酷(むご)すぎます。
さて、スマホは、どうなったのでしょうか?
地下鉄を何本も乗り換えて、汗びっしょりで、イスタンブルのホテルに着いた後、まず最初にすべきことは、スマホの修理です。
ぼくは内心、「おそらく、無理だろうな」と思っていました。
しかし、無理でも何でも、とりあえず、修理してくれる場所を探して、お願いをするしかありません。
ホテルのスタッフに店を紹介してもらいました。
しかし、紹介された店では「ここでは無理!でも、ここへ行けば直してくれるかも」と言われました。
藁をもつかむ思いで、その店を探しました。

この店が、紹介された修理の店です。
そして、この髭の男性が、スマホ修理職人です。
結論から言うと、この髭の男性が、Sくんのスマホをいとも簡単に直してくれたのです。
ものの30分足らずでです。
Sくんも、ぼくも、キツネにつままれたような気持ちです。
おそらく、日本なら「責任云々」でこんな展開にはならなかったと思います。
修理代は、5000円と決して安くはなかったですが、とにかく、ぼくたちは、直ってほっとしました。
旅ブログの、のっけから、トラブルの話ばかりで申し訳ありません。
もう少し、旅の楽しさなどが紹介できればよかったと思いますが、ありのままを紹介するブログなので、ご容赦ください。
次回も「地下鉄電車への飛込未遂事件」などトラブル記事が続きますが、しばらく、トラブルにお付き合いください。
(第1話、終わりです)
(第2話は、「ソフィア行きバスチケットゲット!」「地下鉄電車への飛込未遂事件」です)