シリーズ16の5<ハンガリー・ブダペスト編>NO14:最終話
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DAY19:2023年8月14日(月)その2
~セーチェニー温泉で朝風呂を2~

ぼくたちが入っていた温泉は、向って左側の半円状の浴槽です。

将棋を指しながら、温泉に入ったり上がったりしていましたが、左側の浴槽は、湯温が低くて体が冷えてきました。

体を温めるため、少し館内を歩くことにしました。
歩かないと体が冷えてきます。

真ん中の長方形型の浴槽は、主に水泳をするためのコースのようです。
水泳用のコースロープが張ってあります。
ぼくは、水泳は得意ですが、こんな所でハンガリー人と張り合う気はありません。
そう言えばハンガリーは、世界水泳が開かれるほど水泳が盛んですね。
特に水球は常に世界トップレベルです。
「水球王国」とも言われているようです。
まあ、ハンガリーは、水泳が盛んというよりスポーツ全般が盛んな国です。
意外なことに過去のオリンピック総メダル獲得数が、日本とほぼ同数です。

話を戻します。
長方形型のプールのような浴槽の脇を通り、右側の浴槽に行ってみました。

何ということでしょう!
こちらには湯煙(ゆけむり)が昇っているではありませんか。

見るからに、こっちの浴槽の方が温かいように見えます。
入ってみると、左側よりもずっと温かくて気持ちいいです。
ぼくたちは、「右側と左側の浴槽の湯温の違い」を知りませんでした。
だから、冷たい温泉に無理して1時間も入っていました。(悲)

今日は、早朝のせいか、右側にも左側にも、写真のようにチェスを指している人は見当たりませんでした。

ぼくたちは、温かい温泉の方でもう一度将棋を指すことにしました。

「こっちのお湯なら何時間でもいられるな」とでも言っているのでしょうか?

2時間という制限時間付きでしたが、ハンガリーの温泉を充分?半分?堪能しました。
将棋も指せたし、温かい温泉にも入れたし、まあまあ満足しています。
夏なのに体は冷えましたが、、
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~セーチェニー温泉からシナゴーグへ~
セーチェニー温泉を出たのは、10時頃だったと思います。
まだまだ、観光の時間はたっぷりあります。
観光最終日なので、この後、
①シナゴーグ
②中央市場(特に2階の「ハンガリー刺繍」が見たい)
③「アンダンテ」(日本人の元小学校教員・金子さんが経営しているホステル)
④フォアグラ(ハンガリー名物:生産量世界一位)を食べる
⑤マンガリッツァ(ハンガリー名物:国宝級の豚)を食べる
など、やり残したり、見残したりしたことができれば楽しいなあと考えていました。
おそらく、④⑤は中央市場で見て
「高いんだな!やっぱ、食べるのはやめようぜ!」
で終わるのだと思いますが、、

赤矢印が「セーチェニー温泉」で、青矢印が「シナゴーグ」です。
地下鉄1号線(M1)で行こうと思います。
~無賃乗車にも国民性が?~

久しぶりに出会いました。
「無銭乗車取締り人」です。
どうやら、女性が切符を持っていなかったようです。
見つかった際、その女性には明るさはありませんでした。
いかにも、面倒なものに出会ったという表情です。
セルビアやブルガリアのような妙な明るさはありません。
セルビアやブルガリアでは、見つけた方も見つかった方も妙な明るさがあり、
「チクショー!見つかっちまったぜ」
「ははは、まだまだ甘いな!」的な会話が想像できるような笑顔が見られました。
このあたりにも、それぞれの国民性が出ているのかもしれませんね。
~シナゴーグで体調異変!~
シナゴーグに着きました。

ブダペストのシナゴーグは、1859年に完成なので、165年くらいの歴史あるユダヤ教の会堂です。
ヨーロッパ最大級だということで、今までソフィアやザグレブなどで訪れたシナゴーグよりもどの程度巨大なのか興味があります。
ハンガリーには東欧で最も多い約48000人のユダヤ人が居住しているのでシナゴーグの規模も大きいのだと思います。

並木で全体はよく見えませんが、巨大な建築物であることは間違いありません。
入館は19時半までなので何も問題なく入れます。
でも、何だかぼくの体調が変です。
入館をためらうぼくがいます。
シナゴーグ好きのぼくが、入館をためらうなど余程(よほど)のことです。
何もやる気が起きない倦怠感(けんたいかん)、
暑いのか寒いのか分からないような熱っぽさ、
若干ののどの痛み、
息苦しいような鼻づまり、、、
明らかに風邪の初期症状のようです。
セーチェニー温泉での寒い中で無理して将棋を指していたのが悪かったのでしょうか。
長旅の疲れが出てきたのでしょうか。
それとも、ろくなものしか食べていなかったからでしょうか。
とにかく、原因はよくは分かりませんが、「無理をしてはいけない」という身体が発しているシグナルだと思います。
とにかく、やる気が起きないと何を見ても面白くないです。
だから、Sくんに
「おれは、ベンチで休んでるから一人で行って来てくれ」
とお願いしました。
Sくんは、
「分かった。すぐに戻るから、ゆっくり休んでいてくれ」
と言って出かけました。

日陰のベンチでボーっとしている時に、通りかかった「ダルメシアン」です。
クロアチア原産のダルメシアンです。
クロアチアで出会うことができなかったダルメシアンにハンガリーで会うことができました。クロアチアでは一生懸命探したのに出会うことができませんでした。
今は、そんなことで喜んでいる場合でないことは承知していますが、、、
~Sくんからもらったシナゴーグの写真~
Sくんは、ぼくに気遣って館内には入らず、ぐるりと施設を一回りしただけでした。

堂々たる佇(たたず)まいです。

さり気なく至る所にユダヤ教を象徴する印「六芒星(ろくぼうせい):ダビデの星」が見られます。

さすが、ヨーロッパ最大級のシナゴーグです。

柱に掲げられているのは、二次大戦中の「ホロコースト」の記録写真のようです。
ぼくも丹念に見たかったですが、体調不良では仕方ありません。
意欲が湧きませんでした。
~やりたいことを全てキャンセル!~
Sくんが戻ってきた後、いろいろ、話をした結果、最終日の午後の予定はキャンセルして、一旦ホテルに戻って休むことにしました。
もちろん、食材はスーパーで買って食べ物には困らないようにしておきました。
ブダペストはお気に入りの街だし、歩いているだけで楽しいし、まだまだ、行っていない所はあるし、見たいものもあるし、、、
悔しい面は多々ありますが、ここで、無理をして、旅が断線することだけは、避けなければなりません。
Sくんには、
「一人でも行きたいところあったら行ってくれ」
とお願いしましたが、
「とりあえず、おれもホテル戻る。宮田の体調が回復したらまた、出掛けようぜ」
と言ってくれたので、二人でホテルに戻りました。
その後は、ぼくは荷造りをした後、ひたすら寝て過ごしました。
無念ですが、仕方ありません。
DAY20:2023年8月15日(火)その1
結局、その後も、どこにも出かけることなく朝を迎えました。
死んだように寝ていたようです。
体調の方は、悪くはなっていませんが、全快とまではいかない微妙な感じです。
とにもかくにも、朝9時までには、駅に行かなければいけません。
~スロバキア・ブラチスラバへ~


ブダペスト発9時29分、ブラチスラバ着12時03分の約2時間半の列車の旅です。

この番線にぼくたちの乗る列車が来るはずです。
駅に着いた時には、まだ、列車が到着していません。
かなり、早く着いたようです。

2日目に列車番号やホームの番線などを確認してあるので、何も困らずに、乗車することができました。

観光最終日に体調を崩し、心残りはありますが、ハンガリー・ブタペストを出発します。
寝過ごして、ブラチスラバ駅で下りれないという事態だけは避けなければなりません。
さて、無事にスロバキアに入国できるのでしょうか?
(第14話:最終話、終わりです)
<次回からのお知らせ>
今回で「ハンガリー・ブダペスト編」は終わりです。
ご拝読ありがとうございました。
ブダペストの街は、過ごしていくうちに「大のお気に入り」になりました。
でも、最後に体調を崩してしまって、ハッピーエンドにはなりませんでした。
心残りはありましたが、概(おおむ)ね、したいことや見たい所はクリアできたように思います。
次回からは、日本人にはあまり馴染みのない「スロバキア・ブラチスラバ」と音楽の都として有名な「オーストリア・ウィーン」をセットにして紹介します。
なぜ、セットでの紹介かというと、「ブラチスラバ」と「ウィーン」は電車で40分という近さです。
なので、ブラチスラバのホテルを拠点にして両方の都市を行ったり来たりしたからです。
ぼくの体調は、その後どうなっていくのかも気になりますが、両極端の2つの都市の観光のバランスもなかなか面倒です。
それでは、新シリーズもお楽しみください!
引き続きのご拝読をよろしくお願いいたします。
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