シリーズ17<「トラブル続出!恐山の旅」>NO15:最終話
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~古川で宿泊~
車の故障により、2人(OくんとSくん)とぼくは、古川駅で「お別れ」になりました。
2人は、新幹線で新潟に帰りました。
ぼくは、車が直るまで、古川に滞在です。

ぼくが宿泊した古川のビジネスホテルです。
DAY5:2023年10月10日(火)
~古川ってどんな町?~
1泊した翌朝、修理先の工場に電話をしました。
「故障の状態をよく見ないと、どんな部品が必要か分からないし、必要な部品がいつ入るかも分からない。修理完了の目途がたったら、こちらから電話します」
という返答がありました。
ということは、今日中に直るのか、それとも、あと何日かかるのか、分からない状況です。
そんな状況なので、焦っても仕方ありません。
せっかく、古川という町に滞在しているので、少し、町をふらブラしてみようと駅周辺に出かけてみました。
もちろん、修理完了の電話が来たら、すぐに駆けつけられるように遠出はできません。

「古川駅前」には「古川市」ではなく「大崎市」の観光案内板がたっていました。
「古川」という地名は、聞いたことがありますが、「大崎」はあまり馴染みがありません。
どうしてかなと思い、調べてみると、2006年に、古川市は、近隣の市町村と合併して、古川市の名前を廃止して「大崎市」になったということが分かりました。
だから、新幹線の駅名は「古川」なのに市の名前は「大崎」なのです。
ちなみに「大崎」という地名は、このあたりの「大崎平野」に由来しているらしいです。
合併前の古川市は約7万人でしたが、合併した後の大崎市は約12万7千人で、宮城県3番目の都市になったそうです。
観光案内板をよく見ると、こけしで有名な「鳴子(なるこ)温泉」が大崎市内にあるではありませんか。
「行ってみたいなあ」
と思いましたが、バスで1時間くらいかかるそうです。
その間に、修理工場から連絡があったら、すぐに対応できないので、自粛しました。

観光案内板の隣には「吉野作造生誕の地」という大きな標柱(ひょうちゅう)が立っています。
吉野作造(さくぞう)さんは、歴史好きの方なら聞き覚えがあると思います。
中学の歴史教科書にも出ている「大正デモクラシー」の立役者ですね。
古川駅周辺には記念館もあるようです。
その標柱の別面には「仙台牛のふるさと ふるかわ」という文字も見られます。
仙台牛タンで有名なあの「仙台牛」のふるさとが、この古川なのだそうです。
ササニシキやひとめぼれの稲わらを贅沢に食べて育てられるのだそうです。

ぼくの泊ったビジネスホテルの朝食に牛肉が出ましたが、「仙台牛」だったのでしょうか?
朝から牛肉だったので、びっくりして、ついつい写真を撮ってしまいました。
(1泊朝食付きで5000円くらいだったので、おそらく、そんなに贅沢な牛肉ではないと思いますが、、)
その日、結局、修理工場から電話があったのは、夕方遅くでした。
「時間は確約できないが、明日、修理が終わる予定」
という、うれしい知らせでした。
2泊目も同じホテルに宿泊です。
DAY6:2023年10月11日(水)
~朝一で修理工場に、~
ぼくは、修理工場の開く時間を調べて、それに合わせて行くことにしました。
「修理完了の時間は、修理してみないと分からない」と言われたので、工場に行って待つことにしたのです。
ホテルで待っていても、観光をしていても、いつ呼び出しが来るか分からない状態では、落ち着かないと思います。
それに、朝一に行けば、もしかして、その日の一番に仕事に取りかかってくれるかもしれないという淡い期待も込められています。

昨日調べた、バス路線で修理工場に向かいました。

修理工場に着きました。
かなり年季のはいった外観です。
ぼくの車は、すでにドックの中にあります。
ぼくの淡い期待は、現実になりました。
黒板の修理予定表には、ぼくの車は、3番目に書いてありましたが、朝一の仕事にしてくれました。
「オルタネーターのコイル6つのうち4つが焼ききれているよ。だから、オルタネーターごと交換しなきゃいけない。時間が結構かかるよ。昨日、新品のオルタネーターが手に入ったからラッキーだったね。早く新潟に帰りたいだろうから、一番に直してあげるよ」
と言ってくれました。
朝一に工場に行くという熱意が伝わったようです。
ちなみに、オルタネーターとは、発電機のことです。
エンジンをかけるとオルタネーターで発電し、バッテリーに蓄電されます。
だから、オルタネーターが壊れると、発電ができないので、バッテリーの電圧が下がり、ライトが暗くなったり、エンジンの回転数が上がらなくなったりします。
そして、しまいには、エンジンが完全に止まってしまいます。
オルタネーターの完全交換の作業が始まって、2時間ほど経った11時頃のことです。
「完璧に直ったよ。もう大丈夫!新潟まで帰れるよ」
と、工場の親方が言ってくれました。
~ひたすら一般道で、ふるさとへ~
親身になって修理にあたってくれた工場の親方にお礼を言って、出発したのは11時過ぎでした。
修理代も約6万円と思ったより安くあげてくれました。
いよいよ出発です。
高速に乗ることに躊躇い(ためらい)があったので、一般国道で帰ることにしました。
親方が、太鼓判を押してくれましたが、やはり、もしも、高速で同じようなことが起こったらと思うと高速に乗る決心がつきませんでした。

①古川(宮城県)から尾花沢(山形県)まで国道347号
②尾花沢から南陽まで国道287号
③南陽から関川(新潟県)まで国道113号

途中で遅い昼食を「道の駅おおえ」で食べた以外は、ほぼ走り通しでした。

④関川から新発田まで国道290号、
⑤新発田から黒埼まで国道461号、
⑥黒埼から燕までは国道8号、
⑦燕から吉田までは289号、
⑧吉田から柏崎まで国道116号、
⑨柏崎から直江津まで国道8号
と、ひたすら一般国道を走りぬきました。
合計9回国道を乗り継ぎました。
途中、柏崎で力尽きて、2時間の仮眠をとってしまいましたが、自分史上最長の「一人運転、約450km、下道(したみち)だけ」を走り通しました。
帰宅した時には、夜遅くになっていましが、疲労感より満足感で一杯でした。
度重なるトラブルを何とかクリアしながらの旅からの帰還だったからです。
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~恐山の天罰か?それともご利益か?(少し長い後日談)~
<帰宅後のSくんとのやりとり>
様々なトラブルが発生しましたが、3人とも何とか無事に帰宅することができました。
この旅を振り返ってみると、不思議な事象がたくさんありました。
ぼくが、2日遅れで、無事帰宅した後、Sくんと交わした会話が妙に気になりました。
「無事帰ったぞ!
恐山で歌碑の小石を動かした天罰が下ったのかもしれないな。
無茶苦茶、トラブルに襲われたからな」

それに対してSくんは、
「逆じゃないか?宮田があの歌碑を救い出したから、取り返しのつかないトラブルに発展しなかったんじゃないか?」
ぼくは、なるほど、そういう考え方もあるのかとハッとしました。
その言葉を聞いて、この旅で起こった様々なトラブルが不思議な因果で結びついているような気がしてきたのです。
<旅の最悪のシナリオは?>
この旅での最悪のシナリオは、高速道路でエンジンストップして、後続車に追突されることだと思います。
高速道路で追突されれば、乗っている者は、ただでは済みません。
また、車が炎上する可能性だってあります。
炎上の後は、、、考えたくありません。
正直言うと、そのような恐ろしい展開の可能性は、十分にあったと思います。
今、冷静に考えると、そんな最悪のシナリオを回避できたのは、ちょっとしたきっかけです。
エンジンストップが、高速道路上で起こらなかったことだと思います。
ぼくが、給油のメーターを見なかっただけのことです。
そのことで、高速を降りなくてはいけない状況になったのです。
もし、あの時、高速SAで給油していたら、間違いなく、高速道路上でエンジンストップしていたと思います。
車の故障自体は起こってほしくないことですが、それ以外は、ラッキーの連続だったような気がします。
<ラッキーの連続>
ラッキー①:熊との遭遇
→熊に遭遇しなかったら、あの山中で一泊して次の日、高速上でエンジンストップしていた可能性が高い。
ラッキー②:軽油の給油をし損なった
→高速を降りなければいけなくなり、高速上でのエンストが避けられ、あのガソリンスタンドに巡りあえた。
ラッキー③:エンジンストップした目の前にガソリンスタンドがあった
→次の日、簡単に給油ができた。修理のためにいろいろ協力してもらえた。
ラッキー④:古川ICで降りた
→近くにガソスタがあったり、JAFの基地が近くにあったり、新幹線の駅が近くにあったり、泊れるホテルが近くで見つけやすかったり、、、とにかく、こんな好条件がそろっているインターは他にない。
ラッキー⑤:鍵の受け渡しのため搭載車を諦めた
→結果的に費用が安く済んだ。2泊分のホテル代、2人の新幹線代などを考えても、搭載車8万+レンタカー代、ガソリン代、高速代などかなり高額になることを防げた。
ラッキーの連鎖と言っても言い過ぎではないような気がします。
<恐山のご利益?>
このようなラッキーの連鎖は、もちろん偶然かもしれません。
でも、ひょっとしたら、恐山のご利益(ごりやく)かもしれません。
ぼくは普段、目に見える物しか信じないタイプなので、
「そんなことは、ありえない」
と、考える側の人間だと思っています。
でも、世の中、全ての事象が科学で証明できることばかりではないことも承知の上です。
もしかしたら、ご利益とか、神様や仏様のご加護とか、実際にあるのかもしれないし、あったらあったで面白いと考えるのも悪くはないと思います。
その方が、神秘性や深みが出て、インパクトの強い、より忘れがたい旅になるような気がします。
旅がよりおもしろく、より楽しくなるなら、それはそれでありですね。
(もちろん、旅だけじゃなく人生そのものがおもしろく楽しくなるなら「あり」ですね)
四角四面に堅苦しく考えるより、恐山の噴煙のようにモクモクと煙に巻かれるような発想や柔軟性も、たまには、大事なのではないかと心から感じた、とてもスリリングで、感慨深い「恐山の旅」でした。
(第15話:最終話、終わりです)
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<次回のお知らせ>
「恐山の旅」の紹介の最中(さなか)、母の入院や能登半島大地震、母の死など様々な出来事が重なりました。
順調にアップができず、予定よりかなり遅延してしまったことを心よりお詫びいたします。
2024年1月中にヨーロッパ旅(ハンガリー・ブダペスト)を再開する予定でしたが、叶いませんでした。
そこで、「恐山の旅」の後に予定していた「黒柴マロンとの旅」を「ヨーロッパ旅」の後に回すことにしました。
黒柴マロンの様子を期待していた方々には、申し訳ありませんが、事情をご理解の上、ヨーロッパ旅の続きをお楽しみいただきたいと思います。
(本音を言うと、この1,2ヶ月いろんなことがあり過ぎて、ヨーロッパ旅の記憶が遥か彼方に行ってしまいそうです。そうならないうちに、書き上げたいという気持ちが強いです)
ということで、次回からは、
定年おやじ ヨーロッパ一筆旅行
~自力・節約・陸移動~
<Division1:イスタンブール~チェコプラハ>
シリーズ16の5<ハンガリー・ブダペスト編>
を紹介します。
引き続きのご拝読をお願いいたします。
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