~ホテルの朝~

昨日は、深夜にホテルに到着しました。
停電の中、いろいろトラブルはありましたが、タクシー運転手さんのお陰で、何とか無事ホテルに泊まることができました。

寝ようと思った矢先、電気が点いたので、洗濯をしました。

シャワーも浴びました。
だから、寝たのは3時頃でした。

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寝坊するかと思いましたが、朝7時に目が覚めました。
自分で自分を褒(ほ)めてやりたいほど、素晴らしいと思います。
☝ホテルの部屋から見える景色です。
ホテルに来た時には、あたりは真っ暗だったので、こんな環境にいたのかと少しびっくりです。

朝食は7時30分からです。
最上階の食堂で食べます。

量は少なめでしたが、玉子もクロワッサンもみんなおいしかったです。
その中で特においしかったのが、ココアとフルーツとジュースです。
温かい牛乳の中に、テーブルの真ん中に置いてある白い容器から好きなだけココアを入れて飲むことができます。
見た目はどうということはないココアの粉ですが、なぜか、香りがよく非常においしかったです。
フルーツもジュースも採れたてだと思います。
新鮮ないい香りとともに、自然な甘さが口いっぱいに広がります。
そう言えば、カカオもフルーツもエクアドルの名産です。
値段的にはたいしたことはないかもしれませんが、これが本当の贅沢(ぜいたく)なのではないかと思えるほど満足のいく朝食です。

最上階の食堂はテラス付きです。
そのテラスから見える景色です。
南側には、絶対に行きたいと思っている「パネシージョの丘」が見えます。
羽(はね)が生えた聖母像がこちらを向いているのが見えます。
キトの象徴と言われている有名な丘ですが、「往復の道は強盗が多い」と地球の歩き方に書いてあります。
歩いても行ける距離ですが、「一人&徒歩で行くのはやめた方がいい」と書いてあります。
明日行こうと思っています。
交通手段は、これから考えます。

東側の様子です。
山の斜面にびっしり家屋が建っているのが分かります。

世界遺産のある独立広場方面には、いろいろ建物が建っていて、あまり眺めがいいとは言えません。

「パネシージョの丘」は、さすがキトの象徴だけあって、いろいろな角度から見ることができます。

~世界遺産・キト旧市街へ~

地球の歩き方より

キトの旧市街はスペイン語でセントロ・イストリコと呼ぶそうです。

地球の歩き方より

キトの中心部の地図です。
右側が北です。
ぼくが今いるホテルは、左端の旧市街セントロ・イストリコです。
その北側(右側)に新市街マリスカルがあります。
さらに北に進むと、上の地図には載っていませんが、赤道が通っている「赤道博物館」があります。
だから、今いるキトの街は、南半球ということになります。
人生初南半球です。

今日は、旧市街を以下のような計画で観光しようと思います。
①:独立広場
②:大統領府
(月休、無料ただし入館には予約必要)
③:キト・メトロポリタン大聖堂(カセドラル)
(日祝休、3ドル)
④:ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会
(無休、6ドル)
⑤:サンフランシスコ教会
(無休、3ドル)
⑥:サントドミンゴ教会
(無休、3ドル)
⑦:バシリカ教会
(無休、4ドル)
⑧:スーパーマーケットで買い物

ざっと、こんな感じで行こうと思います。

ちなみに、旧市街全体が世界遺産に登録されているので、一つ一つの建物がその構成遺産というわけではなさそうです。
日本人には、あまり知られていませんが、キト旧市街は、世界遺産登録第1号の一つです。
1978年に世界で12か所が世界遺産に登録されました。
エクアドルは、その時、ガラパゴス諸島も登録されているので、1か国で2か所も登録されていることになります。
残念ながら、初めての登録の中に日本は入っていませんでした。
ちなみに、日本で初めて世界遺産に登録されたのは、それから15年後、1993年になります。
「法隆寺地域」「姫路城」「白神山地」「屋久島」の4件です。
2025年現在、日本は登録数26件となり、世界で11番目に多い国になりましたが、最初の15年間は一つもなかったなんて、意外ですよね。

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~まずは、①独立広場、②大統領府へ~

いよいよ出発です。
写真は、ホテルの玄関ドアです。
昨夜は、真っ暗闇だったので、全く見えませんでした。
結構立派なドアだったんですね。

ホテルの外扉がある外壁です。
やはり、防犯上、2重の施錠が必要なのですね。

昨夜、ぼくがスマホで写したホテルのエンブレムです。

ホテル前の「ファン・ホセ・フローレス通り」です。
トローリバスや路面バスなど頻繁(ひんぱん)に通ります。
交通の便は良さそうです。
ただし、道幅は狭いです。

「ファン・ホセ・フローレス通り」の南上には、先ほど紹介した「パネシージョの丘」が見られます。

徐々に旧市街の中心部に上ってきました。

独立広場に来たようです。
朝から路上パフォーマンスが見られ、結構にぎやかです。

独立広場は、1830年にエクアドルがスペインとの独立戦争に勝利し、スペインから独立したことを記念した広場です。

エクアドルの歴史については当ブログのシリーズ19「なんちゃって世界一周!」<準備編>NO11に紹介されていますが、今回は極々簡潔にまとめてみたいと思います。
(なぜ、旅先にエクアドルを選んだのかなども含めてNo11に出ています。まだ、お読みでない方はぜひクリックをしてください)

エクアドルの簡単な歴史>

紀元前2000年~紀元前500年頃
プレ・インカの時代と呼ばれるエクアドル各地方各部族ごとに独自の文化が生まれました。
14世紀頃
インカ帝国が最盛期をむかえ、エクアドルの各部族は、次々にインカ帝国に併合されていきました。
エクアドル・キトにはインカ帝国の第二首都が置かれ、高度なインカ文明が育っていきました。
16世紀頃
スペインが南米大陸に上陸し、各地を征服していきました。
特に、エクアドルには桁(けた)違いの黄金が産出したので、スペインにとっては最も手に入れたい土地だったに違いありません。

NHK-BSPより:抵抗するエクアドル人を処刑するスペイン人

1532年、スペイン軍は、インカ帝国の内乱に乗じてエクアドルを攻め、征服しました。
その時、エクアドル人はスペインに征服されるくらいならという思いで、キトの街を自ら焼き尽くしたということです。
これを境に約300年間スペインによる植民地時代が始まりました。
現存しているキト旧市街地の教会や宮殿など大部分の建築物は、この時代に建てられたものです。

「被征服」だけではなく「抵抗」「自主自立」や「融和」「寛容」といった観点でもキトを見つめていけたらいいなあと思っています。

NHK-BSPより:アフリカから連れて来られる黒人奴隷

スペイン植民地時代には、鉱山の労働力不足を補うためアフリカから多数の黒人奴隷が連行されました。
特に、エクアドルには南米最大の金鉱脈があったため黒人奴隷の需要?必要性?が高かったということです。
先住民、スペイン人、黒人奴隷が混在した人種の融合や問題点なども考えていけたらいいなあと思っています。
19世紀
ラテン・アメリカ全土で植民地からの独立気運が盛り上がってきました。
エクアドルでもスペインとの独立戦争に勝利し1830年独立宣言がなされました。
しかし、独立後の政権は安定することはなく、教会派と反教会派との政権争いが続きました。
20世紀
その後、民政と軍政が政権闘争を繰り返し、政情は常に不安定でした。
20世紀後半から21世紀
右派左派、民主派保守派、反米親米などの政権争いを繰り返しながらも、憲法改正や改革開放政策を導入するなど、徐々に人々の暮らしは落ち着きを取り戻していきました。
しかし、貧困率を見ると都市部が18%程度なのに対して、農村部は42%にものぼり、経済格差が広がるという問題が生じています。

以上簡潔にエクアドルの歴史を紹介しました。
(すいません。簡潔と言いながら、また長々と書いてしまいました)

独立広場から大統領府が見られます。
もともとは、スペインが「カロンデレト宮殿」として建てたものです。
エクアドルが独立を勝ちとった後、為政者(いせいしゃ)の政務所として使われるようになり、大統領制を敷くようになってからは大統領官邸として使われているということです。

大統領府の前には独立広場が広がっています。
木々が生い茂り、観光客のみならず多くの市民も憩いの場所として寛(くつろ)ぐ姿が見られます。

左端に見える白い塔は、メトロポリタン大聖堂(カテドラル)の鐘楼です。

今日は、大統領府に近付けないように、びっしりと柵で囲われています。
そのせいで、大統領府の建っている土台の石垣が近くで見れませんでした。

寸分の隙間もない石の積み方でインカの土木技術の高さが分かるという評判の石垣です。
「インカの名残」が近くで見られなくて残念です。
以前見たテレビ番組では、大統領府のすぐ近くまで歩いている様子が見られましたが、、
大統領府の近付く人が全くいないことに少し違和感があります。
予約すれば、観光客でも中に入れるはずですが、、
近いうちに何かあるのでしょうか?

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~③キト・メトロポリタン大聖堂(カセドラル)~

ぼくの背後にある建物が、メトロポリタン大聖堂(カテドラル)です。

メトロポリタン大聖堂(カテドラル)は、独立広場に面した南側に位置しているキト旧市街を代表する教会です。

真っ白な外壁が清潔感を高めています。
右にそびえ立つ鐘楼は、何だか生クリームケーキみたいですね。

カテドラルのエントランスは、扇形の特徴的な階段が独立広場に入り込んでいる作りです。
だから、独立広場を訪れた観光客が直接、大聖堂に入ることができるようになっています。

白く塗りなおした箇所と石材が剥き出しの箇所のアンバランスがおもしろいですね。

聖堂に入ると正面に黄金の大祭壇がどんと表れ、訪れる者を圧倒します。

大祭壇の正面には、聖母マリアが昇天する巨大な絵画が飾られています。

植民地支配するスペインが、この絵画に「驚きの仕掛け」を施したという話を以前見たテレビ番組で紹介していました。

TBS「世界遺産」より

その仕掛けというのは、インカの人々(エクアドル人)をキリスト教に改宗させるためのものでした。

TBS「世界遺産」より

1年に1度、天窓から差し込む太陽の光が奇跡を起こすように見える仕掛けです。
まずは、聖母マリアさんの棺に太陽光が当たります。

TBS「世界遺産」より

そして、時間とともに、徐々に、その光が、上昇していきます。
いかにも、聖母マリアさんの肉体と魂が昇天していくように見えます。

そして、遂には、十字架を持ったキリストさんをその太陽光が照らすという仕組みです。

カトリックの教義では
「聖母マリアは地上の生活を終えた後、肉身と霊魂ともに天の栄光にあげられた」
とされています。
そして、
「聖母マリアは、生涯においてキリストと最も深く結ばれ、死後においてもキリストの復活と栄光にあずかっている」
という教義を公布しています。

要するに、聖母マリアさんは、死後、キリストさんの力で昇天し、キリストさんとともに復活と栄光に尽力している、ということでしょうか。

もう少しだけ、説明させてください。
スペインは、征服したエクアドルの人々にキリスト教への改宗を望んだわけです。
征服し服従させ、さらに人心を管理統制するには、それが最も手っ取り早い方法ですからね。
しかし、インカの時代に「太陽神」を深く信仰していたエクアドル人には、キリスト教は、なかなか受け入れにくいものです。
そこで、スペイン人は、聖母マリアの昇天を利用したわけです。
キリストさんの神の力で聖母マリアの昇天がなされたわけですが、その背後では、
「太陽神がキリストの手助けしていたんですよ」
という構図を作り上げたわけですね。
上手に太陽神をキリスト教の教義に利用したわけです。

なかなか、人心把握や思想統制するのは難しいですね。
宗教と文字、言語は、征服統治する時に必ず高いハードルになる部分ですね。

日本も太平洋戦争中、統治した国々や民族に対して神道や日本語を強制したり、日本式の生活様式を強要したりした歴史的事実があります。

言語や宗教は、その国家や民族のアイデンティティなので、強制や強要は絶対にしてはいけないことですよね。

当時のスペインが、どの程度の強制を強いていたのかはよく分かりませんが、強制ばかりではなかったことが、徐々に分かってきたようです。
☝上の絵画のてっぺんにはインカで用いていた「太陽神」のシンボルが使われています。

ウィキペディアより

これが、インティと呼ばれているインカ帝国の太陽神です。
どこかで見た記憶がありませんか?

そうですよね。
アルゼンチンやウルグアイの国旗に残っていますね。
もちろん、エクアドルの国旗にも、よく見ると残っています。

これだけだとよく分かりませんね。

中央部を拡大すると、出てきました。
太陽神です。
それだけ、南米の人々にとって、この太陽神は大事にしてきたものなのですね。

話を元に戻しますが、絵の上のデザイン、太陽神に似ていると思いませんか?
インカの誇りをキリスト教会に残そうと当時のエクアドルの人々は相当尽力したのでしょうね。
残すためには当然、スペイン側との軋轢(あつれき)や衝突があったことは想像に難くないですが、スペイン側も統治するために譲歩(じょうほ)したのですね。
抵抗と譲歩の連続の中で、現在のエクアドル人「メスティーソ」(白人とラテンアメリカの混血である人々の総称)の歴史が築かれてきたのですね。

そんなことを考えながら、大聖堂を眺めると、悠久の歴史の中に引き込まれるような妙な錯覚を覚えます。

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長くなってしまったので、あとの施設設備は、ごく簡単な紹介にします。

聖堂の背面には巨大なパイプオルガンがあります。

天井にも気のせいかもしれませんが、太陽神がいるような気がします。

脇の祭壇は、どれも天井画とセットです。
天井には青空にエンジェルが飛んでいます。

脇の祭壇にもふんだんに黄金が使われています。

脇の祭壇でも礼拝ができるように礼拝台が用意されています。

これらの脇の祭壇にも、太陽神が掲げられています。

ガブリエル・ガルシア・モレノさんの棺が安置してあります。
19世紀の中ごろから4回にわたってエクアドルの大統領を務めた方です。

征服と服従の歴史を表す絵画もたくさん展示されています。

信仰に従わなかった場合には、神による処罰が待っていると説明には書いてありました。

征服に屈せず、国外に逃亡する人々もいたようです。

物乞いにまで身を落としても改宗を拒む人もいたようです。

次は、黄金の教会として有名な「ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会」に行く予定です。
黄金とエクアドルの関係にも注目です。

(第2話、終わりです)

(第3話は、「キトの黄金教会に驚嘆!」です)

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