Part5:トボトボ旅、コロンの最期編(その5)

~コロンの最期の日~

来てはほしくないその日が、とうとう来てしまいました。

2022年3月5日(土)です。
その日、コロンは、朝から身動きもできずに、食事も水分も満足に摂れない状態でした。
仕事の関係で、1,2週に一度しか実家に帰ってこられない娘が、昨日の夜から帰って来ていました。
ぼくは、
「もしかしたら、今日・明日かもしれない」
というと、娘は、
「そんなことはない」
と必死で否定しました。

3月5日のコロンです。
ぼくの胸の中でじっとしているだけです。

生前の最後の写真です。
必死に目を開けてくれました。

日付が替わりそうな深夜のことです。
ゆっくりと息を引きとりました。

マロンも起きてほしくて、声をかけていました。

ぼくは、「よくがんばったな」という思いで、コロンの最近の「居場所」である、ぼくの胸の中で、しばらく抱っこをしてあげました。

みんなに惜しまれながらの最期でした。
安らかで、満足気な顔をしています。

次の日、お寺さんから、荼毘(だび)に付せてもらいました。

コロンの生前の抜け毛をためて娘が作ったコロンの顔や、娘が小さい時に粘土(ねんど)で作ったコロン人形、献花やお手紙などと一緒にお骨を置きました。

コロンは、最期まで、みんなに迷惑をかけない、利口な犬でした。
娘が実家に帰っている時、
土曜日、
まだみんながぎりぎり起きている時間などなど、、
まるで計算したかのような去り際でした。

「コロン、本当にたくさんの思い出、ありがとう」

コロンがこの世に存在したことを、このブログによって、少しでも多くの人に知ってもらえて、本当によかったです。

約半月にわたり、ご拝読いただき、ありがとうございました。
心から感謝いたします。
きっと、コロンもよろこんでいることでしょう。

(第19話:最終話 終わりです)

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次回からは、「メニューページ」を1つはさんで、

シリーズ7:「ハーフセンチュリーツアー、ポルトガル、スペイン、モロッコの旅」

を紹介します。
1世紀の半分、50年、生きた記念として、アフリカ大陸にフェリーで渡った旅の紹介です。
ぜひ、引き続きのお付き合いをお願いします。

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akira-furabura

宮田 彰(あきら) 1961年新潟県上越市生まれ 新潟県内公立小学校教員を33年間勤める 2015年から中国上海のアメリカンスクールにて教員 2021年退職 2022年「あきらのふらブラ旅ブログ」開設 現在上越市在住

2件のコメント

  1. 全部拝読致しました。お嬢様が小さい時は兄弟であなたが中国の時はお父さん代わりで、奥様にとっては、相棒の様ななくてはならない存在だったのですね。
    癒されました。
    ありがとうございました。

    田原 博子
    1. アバター画像

      ご拝読ありがとうございます。まさに、コロンは、そんな存在でした。くわえて、うちの母親(ばあさん)にとって、コロンとの散歩は、足腰が弱っていく自分のリハビリの良きパートナーでもありました。家族が都合の悪い時には、よく面倒を見てもらいました。引き取りに行くと、何だかんだ言い訳をして、コロンを返してくれなかったことを思い出します。みんなに可愛がられたコロンをこんな形で多くの人に知ってもらえて、すごくうれしいです。

      akira-furabura

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