DAY7&8:2020年1月30日(木)&31日(金)その6
~上海到着!さてどう帰る?~
上海で入国審査を通過し、解放されたのは、深夜25時近くでした。
この時間に地下鉄は動いていません。
帰る選択肢は、2つです。
A:空港内で4~5時間過ごし、地下鉄で帰る。8元(120円)
B:タクシーで帰る。約300元(4500円)
普通時なら、ぼくは、迷わずAを選ぶタイプですが、今回はBを選びました。
アパート敷地内でコロナ患者が発生しているという情報が来ていたからです。
コロナ患者が発生しているアパートの敷地は、出入り制限をしているという情報があります。
もしかして、ソフトな形での出入制限なら、深夜の方が簡単に入れるような期待が、少しありました。
タクシーに乗り、バイクの置いてある地下鉄駅まで来ました。
約2時間です。
早朝3時です。
そこから、アパートまで15分。
寒さに震えながら電動バイクで向かいます。
~アパート敷地内に入れない?~
出入りの門は3つです。
通常なら、3つとも自由に出入りできる門ですが、どうでしょうか?
3つあった門のうち2つは、すでに封鎖されていました。
車も人もバイクも出入りできない状態です。
あと一つの門は、早朝だというのに、係員がいて、出入りの人々に目を光らせています。
「やはりか」
「時間ずらしても封鎖は封鎖か」
「中国政府のやることは、手抜かりないなあ」
と感心してしまいました。
様子を見ているだけでは、らちがあかないので、バイクから降り、係員の所へ行きました。
係員「どこから来た?」
あきら「日本人だが、イスラエル旅行から帰ってきた。モスクワを経由して浦東空港から来た」
係員「ここの住人か?」
あきら「そうだ」
係員「証明するものがないと入れないぞ。」

上のカードでここの住人だということは、分かってもらえましたが、顔写真がないものだから、パスポートやら、下の労働許可カードまで出す羽目になりました。

~ようやく手にした許可証~
そんなこんなで、ようやく下のような出入の許可証がもらえました。
ここまでで、約1時間です。
言葉の壁があるといえ、長旅帰りの疲労している身には、ちょっとかかり過ぎですね。

そのあと、この出入り制限の(ぼくは分かりやすく「ソフト隔離」と呼んでいました)事細かな留意事項の説明がありました。
・出入りする時には必ず、マスクをし、この門を使うこと。
・備え付けの自動体温計で体温を計測すること。
高熱の者は出入りできない。
・門を通過する際、許可証を見せ、行き先と戻る時間を告げること。
・労働、買い物、病院以外の外出は自粛すること。
・制限の期間は、今のところ2週間。
などです。
がんじがらめの、もっと、厳しい制限を予想していたので、比較的ソフトな制限で少しほっとしました。
これから中国政府の隔離政策が、どんどん厳しくなることを予想できなかったことは不覚でしたが、、、とりあえず、アパートに入れそうなので、素直に指示を聞いていました。
2月1日(土)、早朝5時、自分のアパートに到着しました。
長い長いイスラエルの旅だったと思います。
コロナに左右された結構、過酷な旅でしたが、無事に帰って来られて、正直ホッとしています。
この後、ぼくは、中国と日本を往復することで、もっと過酷なことが巻き起こるわけですが、そのことは、この時点では全く予想できませんでした。
コロナが、世界中に猛威をふるい、徐々に人々の生活を変えていきます。
そのあたりは、次のシリーズでご紹介できればと思います。
以上、この29話で
コロナ下での旅PART1「迫りくるコロナ!でもエルサレム行っちゃいました」
のシリーズは、終わりです。
次回からは、新しいシリーズ
コロナ下での旅PART2「コロナ渦中での中国日本の往来!3度の隔離生活」(2020年2月~2021年3月)
と題して、イスラエルから帰ってきた後のコロナ下での約1年間の生活をご紹介します。
またの、お付き合いをよろしくお願いします。