DAY4:2020年1月27日(月)その6

~「ダビデの塔」からホテルへ~

ダビデの塔の脇にある「ヤッフォ門」から旧市街を出ました。
写真は「ヤッフォ門」前の広場です。

広場の下を見下ろすと、自動車道路が見えました。
たくさんの車が走っています。
旧市街にいると自動車を見る機会がないので、すごく新鮮です。

「ヤッフォ門」前の広場から、ホテルに向かう途中に見つけた、石畳のお気に入りの通りです。

~ぼくの住居エリアでもコロナ患者発生!~

いつものように安くて、旨くて、お腹いっぱい食べられる店を探しながらホテルまでふらブラしましたが、見つかりそうもなかったので、いつものスーパーでアルコールとつまみと簡単な食べ物を買って、部屋飲みしていました。

しばらくすると、ウイチャットが鳴り、目を疑う情報が飛び込んできました。

4行目のコロナ発生場所の「愛博」(アイボウと発音します)は、ぼくが上海で住んでいる地区です。
1村から7村まであって、ぼくが住んでいるのは2村です。
メールだけの情報では、何村からコロナ患者が出たかは分かりません。
ぼくの住んでいる愛博2村は、14階建て140世帯が入っているマンションが約120棟あります。
その120棟全体が、フェンスで囲まれていて、出入り口が3つしかありません。
愛博2村だけで約15000人住んでいると言われているのに出入り口が3つですよ!

(念のため付け加えておきますが、愛博2村だけが人口が多いわけではありません。
 各村全て同程度の人口がいます。そうです。中国は世界1の人口を抱えています。
 その中で上海は2400万人で都市の人口ランキングで堂々世界1位です。
 どこへ行っても人だらけなのです)

そして、3つしかない出入り口には、複数の管理人が常駐していて、出入りする人に常に注意を向けています。
だから、外出規制は割と簡単にできると思われます。
その出入り口をシャットアウトすればいいだけですからね。

その頃の噂によると、同じ地区からコロナ患者が1人でも出ると、外出規制などかなり厳しい措置があるとのことです。
15000人の中で1人でもコロナ患者が出ただけで外出規制です。
はっきり言って、戦々恐々です。

その後、次のメールが届きました。

中国各地で徐々に感染が広がっている様子が分かります。

でも、まだ、この時点では、上海に帰れなくなるということは、考えてはいませんでした。

~再びのコロナ会議~

深夜2時頃から、昨日結論が出なかった「休校中の授業をどうするか?」について再び、ウイチャットによる会議が始まりました。

昨日までの「選択肢」は、

A:休校だから子どもの自主的な学習に任せる

B:SNS等で毎日宿題を課す。

C:学校に来ている時と同様の流れで、その時限の授業内容に沿った課題を作る。(要するに校時表通りに授業を進める)

今日は、そのプラス・マイナスの論議になりました。

論議の詳細は、省きますが、概ね、Cの方向で行くことになりました。
Cの方向が、子どもたちにとって学習が保障されるのでベストだと言えます。
ですが、先生方にとっては、一番負担が大きいと言えます。
賛成派、反対派で喧々諤々です。

結果的には、休校期間が、2月17日の予定より数か月延びたことで早目に、遠隔授業(我が校ではe-learningと呼んでいました)に着手してよかったと言えますが、アナログ人間のぼくにとっては、「これは大変なことになってきたぞ」と感じました。

今日もまた、寝るのが4時過ぎになりました。(泣)

(第15話、終わります)

(第16話は、「ヤド・ヴァシェム」(ホロコースト歴史博物館)の様子をお伝えします)
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